精密日本刀

古来より日本人の心をとらえてきた日本刀。歴史に残る名刀・戦国武将の愛刀を刀剣資料をデータ化し、約1/6スケールで精巧且つ忠実に再現致しました。手にすることのできない【国宝】【御物】【重文】の各名刀を揃えております。コレクションとして、又は邪気を祓う「守り刀」として、手にして頂ければ幸いです。

製作過程・製作方法

刀身・鞘・鍔は高温で熱し硬度を高めたステンレスの焼入れ鋼から削り出し製作しております。各刀剣資料をCADに取り込みデータ化し、マシニングセンターで数日掛かりで削り出します。ミクロン(0.001mm)単位の加工を行う工作機械を使用し、形状・反り・刃文・銘など忠実に再現しており、刃文については刀身部分全体を僅かに削り込み、刃文が浮き出るような造形にしています。鍔と鞘も同様の製作方法ですが、鞘の加工は特に難しく削り出した2枚を張り合わせ、鞘の入り口に刀側のはばき部分が上手く納まるよう嵌め合い製作を行なっております。刀身・鞘・鍔にはコーティング処理を行っていませんが、サビの発生しにくい材質と加工方法により通年飾っていただけます。

刀掛け・刀身・鞘

ステンレスの焼入れ鋼を切削・研削・ワイヤー加工を駆使して3つのパーツを製作し、DLCコーティン処理によって、硬質性・表面平滑性を上げ、サビを抑制した刀掛けです。刀掛け中央部には非常に細かな加工を施しております。刀身・鞘一式には梅の樹、戦国武将刀身シリーズには三つ巴の刀立てが付属致します。飾った際正面からは見えませんが、各パーツには処理の際に必要となる小さな穴が開いております。

書・桐箱・専用外箱・敷物

商品を納める桐箱は京都三越でも取り扱われている桐箱専門店より仕入れております。気密性の高い素晴らしい桐箱となり、上蓋部分を持ち上げても外れることはありません。上蓋の隅には面取り(一段落とし)加工を施し、書道家の方より揮毫して頂いた書体を印刷しパッケージにも拘っており、桐箱を納める専用外箱も付属いたします。商品を飾る際の敷物は、織物の街といわれる新潟県十日町市の織物店より仕入れております。一振に1枚付属しますが、敷物の柄はお選びいただけません。

戦国武将刀身シリーズ

日本でいう刀剣とは「刀身のみ」を指すことが一般的です。博物館などの展示の際には日本刀の外装となる拵を外して刀身のみとし、切先から茎の銘まで鑑賞できるようにしています。
弊社の刀剣製作において、最重要視していることは精巧なミニレプリカを製作する事としており、拵を外した刀身に一切妥協することなく資料そのままに製作しております。

大包平

【国宝】太刀 銘備前国包平作

日本刀の頂点とされる一振

平安時代に活躍した古備前派の刀工・包平によって作られた太刀。この太刀の大の字については[寸長き故名付」と号の由来が記されているが、この名刀への敬意を込めたものであると考えられている。現存する全ての日本刀中の最高傑作と知られ、「童子切安綱」と並び称されて「日本刀の東西横綱」と例えられる大名物である。姫路城を築いた池田輝政の愛刀で、長く岡山藩主池田家に伝来したが、池田家以前の伝来は全くの不明である。かつての所有者である池田輝政は大包平を「一国に代え難い名刀」と絶賛し、祭器として扱い家中の年中行事に宝刀として飾っていたとされる。

へし切長谷部

【国宝】刀 金象嵌銘長谷部国重本阿花押/黒田筑前守

強烈な逸話を残す信長の愛刀

南北朝時代の刀工・長谷部国重によって作られた刀。織田信長が所有した数多くある刀の中でも特に有名な一振が「へし切長谷部」である。もともとは3尺(約90cm)の大太刀であったが、磨き上げられ現在の長さ(64.8cm)になった。奇妙な名を持つこの刀には、有名な逸話がある。信長が無礼を働いた茶坊主を手討ちにしようとしたが、茶坊主は膳棚の下に逃げ込んでしまった。そこで棚の下に刀を差し入れ押し当てると、いとも簡単に胴体を圧し切ってしまったという。信長は子息や配下の者に対し、惜しみなく刀を与え家臣の統制に活用していた。伝来には諸説あるが、へし切は織田信長から中国計略の恩賞として黒田官兵衛に与えられたとされる。黒田家では家宝とされ「圧切御刀」と称し、豪華な打刀拵を施し後世に伝えた。

一期一振

【御物】刀 額銘吉光

秀吉が愛した名刀中の名刀

「天下の三名工」の一人・粟田口藤四郎吉光による、現存する唯一の長寸刀剣である。短刀の名手であった吉光の唯一の太刀であるため、この名前が付いたという説もあるが、数振りの太刀を鍛えた記録が残るため、生涯における最高傑作として鍛えたことから「一期一振」と呼ばれる。出所については越前朝倉家・堺・毛利家と諸説あるが、天正18年に大阪城下の毛利輝元の邸宅を訪れた際に秀吉が所望し「一期一振」は献上された。175振りの名刀を所有した秀吉であったが、この刀を大変気に入り、同じく吉光作の骨喰藤四郎とともに最上級の家宝を収納する一之箱に納めていたという。「一期一振」は大阪夏の陣で焼身となるが、徳川家康の命により再刃され、以降徳川家の所有となる
幕末を迎えると尾張徳川家から孝明天皇に献上され、御物として宮内庁蔵に収蔵されている。

山姥切国広

【重文】刀 銘九州日向住国広作

堀川国広の最高傑作

安土桃山時代の刀工・堀川国広作の刀であり、南北朝時代の備前長舩長義の「本作長義」の写しとして作られた刀である。足利城主 長尾顕長の依頼により写して打った刀であるが出来が素晴らしく、堀川国広の最高傑作と評される一振りである。「本作長義」と比べ、峰の形状や樋先の位置関係などは正確だが、反りを含めた全体の姿形はあまり似ておらず、本歌をも超える出来と評される。奇怪な名前を持つ刀であるが、小田原北条家の浪人である石原甚五座衛門が、人を喰う山姥を切り伏せたことから「山姥切」と称することになったという。2020年の時点では刀剣において本歌と写しが共に重要文化財である唯一の事例である。

鶴丸国永

【国宝】太刀 鶴丸国永 銘国永 

伊達家に伝わった国永の最高傑作

平安時代の刀工「五条国永」の太刀。国永の作刀は本作を含め僅か4口しか残っておらず、その中で最も優れていると評される一振である。名前の由来は、失われてしまった太刀拵に蒔絵で鶴の紋様が施されていたことによると伝えられている。伝来に不明な点が多いが、安達貞泰・北条貞時・織田信長・御牧勘兵衛・伏見藤森神社を経て仙台藩伊達家に渡り代々所有された本太刀は、明治維新後に明治天皇に献上され御物として宮中祭祀などで役割を担っており、毎年1月1日に実施される宮中での歳旦祭に使用され、滅多にその姿を観ることのできない太刀である。

鞘・柄・金物・刃文

伊達家所有の間に引両紋入の金具と同紋の蒔絵を施した鞘の太刀拵が作られ、その後は拵と共に後世に伝えられた鶴丸国永には非常に華麗な装飾が施されております。本製品でも石突金物や責金物、冑金や柄巻など細部まで精巧に再現し、鞘には刀身が納まるよう嵌合製作しております。直刃調に小乱れ、子丁子混じりの大変細やかな刃文も忠実に再現しており、刀身部分全体を僅かながら削り込み、刃文が浮き出るように製作しております。

【注意】
刀身・柄巻・はばきは一体となっているので取り外すことはできません。

精密屛風

精密日本刀を一層引き立たせる金属製の屏風となります。
俵屋宗達の風神雷神図屏風をデータ化し、4枚のアルミニウムを切削加工で削り込み、2色のアルマイト処理を施しています。処理により表面に酸化被膜を作ることで、強度や耐久性、見た目にも高級感を演出しています。屏風の繋ぎ目は特殊テープと土佐和紙で貼り合わせております。

【注意】
商品裏側の四隅に、処理を行う際に必要となる小さな穴が開いております。